『日本歯技』2024年7月号巻頭言




歯科医療の未来:価格ではなく価値を伝えよう


 「言葉の使い方」には、発言者の思考が反映され、それは発言者の周りも含めて将来の考え方にも影響を与える。具体的に見てみよう。
 歯の痛みで診察を受ける患者は、歯科に対して以下のことを期待する:①痛みの緩和と鎮静、②炎症部分の除去、③切開部の治癒、そして④予後の管理。ここには衛生的な管理も含まれる。歯科医療では、治癒部に対して個別に調整したモノを当てがい、機能回復を図る。具体的な行為としては、a)痛みの緩和と虫歯の治療、b)炎症部分の除去、c)安定した予後を得るための歯髄処置、d)修復物の適用を通じた機能回復であり、これらは一連の流れである。
 しかし、一般の人々は歯科治療費を「鎮痛・鎮静費」や「歯抜き代」「手術費」「修復費」「機能回復料」などとは呼ばない。歯科業界自身がこれらをまとめて「セラミックなら一歯いくら」「銀歯なら一本…」と表現してきたことが影響している。歯科業界自身が「一本いくら」と表現してきたのである。
 歯科業界の主要な行為である「失われた機能を回復する補てつ」についてはどうか。
 本来、有床義歯を用いる歯科医療の内容は、(ア)失った咬合機能を回復するための診断、(イ)機能回復を目的とする咬筋群のリハビリ、(ウ)個別に調製した補綴装置の造形、(エ)これを口腔に馴染ませて無意識に機能できるよう適用する、といった時間軸を含んだ施術である。しかし、これらを連続させた歯科治療である「義歯の提供術」は、言葉としては「金属の入れ歯ならいくら」「プラスチックならいくら」とモノの価格で表現されてきた。つまり、治療の価値がモノの値段で示されているに過ぎず、ここに「機能回復費」は表れていない。
 視点を医科に移そう。例えば、盲腸周辺の腹痛で受診した人々は、①痛みの緩和と鎮静、②炎症部の特定と制御や除去、③切開部の治癒、そして④予後の管理を期待する。ここには当然に衛生管理が含まれる。医科の世界では、虫垂炎の手術を「個数や回数」では表さない。「盲腸一本の手術費はいくらか」とは言わない。鎮静と回復・快癒が提供意図だからである。
 言葉の使い方は、今日の個人だけでなく、明日の業界をもかたちづくる。
 歯科界はまず、その医療提供費において「モノの価格に置き換える表現」を再考し、本来の価値を伝えよう。
 

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