歯科技工領域での感染症の基礎知識と対策Q&A
日本歯科技工士会について
目次
Q1 「細菌」と「ウイルス」の違いを教えてください。
Q2 「滅菌」と「消毒」の違いを教えてください。
Q3 「殺菌」「除菌」「抗菌」という用語がよくわかりません。
Q4 「新型コロナウイルス」に対して、なぜ「消毒用アルコール」や「低濃度の塩素系消毒剤が有効」なのですか?
Q5 レスピレーターマスクとサージカルマスクとの違いを教えてください。
Q6 サージカルマスクが手に入りにくくなっていますが、飛沫感染の予防に布マスクは有効ですか?
Q7 手の消毒に「消毒用アルコール」を使用していますが、手荒れが気になります。
Q8 「擦式アルコール手指消毒剤」を使えば、流水と石鹸を用いた衛生的手洗いはしなくていいですか?
Q9 「無水エタノール」なら入手できるのですが、消毒に使うことはできませんか?
Q10 「次亜塩素酸ナトリウム」の入手が困難ですが、電解酸性水の評価はどうでしょうか?
Q11 次亜塩素酸ナトリウムの入手が困難ですが、その代わりに「キッチンハイター」などの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品は使えますか?
Q12 作業用模型からの「新型コロナウイルス感染症」の感染リスクはあるのでしょうか?
Q13 「印象体」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
Q14 「作業用模型」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
Q15 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その1)
Q16 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その2)
Q17 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その3)
Q18 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その4)
Q19 歯科技工士は、新型コロナウイルス感染症の第2、第3波への備えをどうすれば良いのでしょう?
Q20 今後、新型コロナウイルス感染症を始めとする抜本的な感染症対策はどのようなものでしょう?
Q2 「滅菌」と「消毒」の違いを教えてください。
Q3 「殺菌」「除菌」「抗菌」という用語がよくわかりません。
Q4 「新型コロナウイルス」に対して、なぜ「消毒用アルコール」や「低濃度の塩素系消毒剤が有効」なのですか?
Q5 レスピレーターマスクとサージカルマスクとの違いを教えてください。
Q6 サージカルマスクが手に入りにくくなっていますが、飛沫感染の予防に布マスクは有効ですか?
Q7 手の消毒に「消毒用アルコール」を使用していますが、手荒れが気になります。
Q8 「擦式アルコール手指消毒剤」を使えば、流水と石鹸を用いた衛生的手洗いはしなくていいですか?
Q9 「無水エタノール」なら入手できるのですが、消毒に使うことはできませんか?
Q10 「次亜塩素酸ナトリウム」の入手が困難ですが、電解酸性水の評価はどうでしょうか?
Q11 次亜塩素酸ナトリウムの入手が困難ですが、その代わりに「キッチンハイター」などの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品は使えますか?
Q12 作業用模型からの「新型コロナウイルス感染症」の感染リスクはあるのでしょうか?
Q13 「印象体」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
Q14 「作業用模型」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
Q15 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その1)
Q16 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その2)
Q17 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その3)
Q18 日頃の歯科技工作業で明日からでも実施できる対策を教えてください。(その4)
Q19 歯科技工士は、新型コロナウイルス感染症の第2、第3波への備えをどうすれば良いのでしょう?
Q20 今後、新型コロナウイルス感染症を始めとする抜本的な感染症対策はどのようなものでしょう?
Q1 「細菌」と「ウイルス」の違いを教えてください。
A1 「細菌」は単細胞の微生物であり、細菌にとって適切な環境と栄養源があれば2分裂の繰り返しにより増殖します。期限切れのコンビニおにぎりを放置していると、一晩で数千億から1兆個になることもあり、これを食べると食中毒を起こします。このように病気を起こす細菌もいますが、腸内細菌などのように人の体に役に立つ細菌もいます。
一方、「ウイルス」は、外殻と遺伝子(DNAまたはRNA)だけの微粒子です。細菌のような自己再生能力を持たず、宿主(しゅくしゅ/寄生する相手)の生きた細胞の中でしか増殖できません。宿主の細胞内で増殖した仲間は新たな細胞への侵入を繰り返し、病原性を発揮していきます。なお、ウイルスに抗生薬(抗生物質など)は効きませんので、風邪に対する抗生剤の投与は意味がないばかりか、耐性菌を作ってしまいます。
Q2 「滅菌」と「消毒」の違いを教えてください。
A2 「滅菌」とは、対象物に付着している微生物を100万分の1の確率で死滅させ、無菌状態にすることをいいます。ただし、適切に滅菌された対象物であったとしても滅菌という操作を終えた直後から汚染は始まります。
一方、「消毒」とは、病原性が発揮できなくなるまで病原微生物の数や菌力を低下させることをいいます。細菌やウイルスなどの病原微生物は、ある程度の個数と条件が揃わなければ病原性を発揮することができません。臨床の現場には、「クリティカル器具」といわれる滅菌が必要な再使用器具はありますが、歯科技工領域の感染症対策は「消毒」が現実的です。
これはQ2の「滅菌」や「消毒」という用語も同じであり、医薬品や医薬部外品以外の「雑品」扱いの製品には「微生物を取り除く行為」として便宜的に「除菌」という用語が使われています。
「抗菌」とは、対象物に「微生物の増殖を抑制する環境を作る」ことをいいますが、すべての微生物を対象としておらず、その結果を保証しているわけでもありません。
Q4 「新型コロナウイルス」に対して、なぜ「消毒用アルコールや低濃度の塩素系消毒剤が有効」なのですか?
A4 ウイルスは、「エンベロープ(envelope)」という脂質の膜に包まれた「エンベロープウイルス」と、「エンベロープ」を持たない「ノンエンベロープウイルス」に大別されます。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は「エンベロープ」を持っていることから「エンベロープウイルス」に分類されます。
「エンベロープウイルス」は、比較的、ひ弱なウイルスであり、そのためにエンベロープという膜でできた鎧(よろい)をまとって身を守っています。しかし、その鎧自体も、あまり強固なものではありません。一方、「ノンエンベロープウイルス」は、マッチョなウイルスであり、鎧など着てなくても消毒薬に対しては一定の抵抗性を示します。
このような構造上の違いから、「エンベロープウイルス」である新型コロナウイルスに対しては、この鎧を破壊できる「消毒用アルコール」や「低濃度(500ppm程度)の次亜塩素酸ナトリウム」が有効です。
Q5 レスピレーターマスクとサージカルマスクとの違いを教えてください。
A5 「レスピレーターマスク」は、「咳やくしゃみなどによる飛沫の飛散防止」と「他人の飛沫からの予防」という2つの機能を持ちます。
一方、「サージカルマスク」は、「咳やくしゃみなどによる飛沫の飛散防止」を主な機能としていますが、他人の飛沫に対しても一定の効果が期待できます。咳やくしゃみなどにより放出された飛沫には、ある程度の大きさがあり、この中に複数のウイルスが含まれている可能性があります。比較的、繊維が粗いサージカルマスクの繊維であっても、比較的大きい飛沫の捕獲は可能と考えられます。
また、マスクには、フィルタとしての機能以外に、自分の手指が口や鼻に触れにくいという利点もあります。
Q6 サージカルマスクが手に入りにくくなっていますが、飛沫感染の予防に布マスクは有効ですか?
A6 サージカルマスクの素材である「不織布」は、熱や圧力を加えて繊維を絡めて作った布であり、製法の自由度により、必要に応じてフィルタ機能や多孔質構造を作ることができます。
ところが、「布」は、縦糸と横糸を編んで作るため、糸と糸の間に空隙が存在します。感染者から放出された飛沫がこの空隙を通り抜ける可能性がありますので、予防効果にはあまり期待でません。布マスクの使用にあたっては、不織布のシートなどを挟み込むことをお勧めします。
Q7 手の消毒に消毒用アルコールを使用していますが、手荒れが気になります。
A7 質問者様の使い方に誤解がありますが、手荒れに敏感な女性ならではの良い問題提起です。
以下にアルコール類について簡単に整理します。なお、一般的にはアルコール類は「メチルアルコール」と呼ばれていますが、国際化学命名法の「エタノール」と呼ぶことにします。
エタノールを大きく分けると「無水エタノール」「エタノール」「消毒用エタノール」となり、それぞれの濃度は、「99.5vol%」「95.1vol%~96.9vol%」「76.9vol%~81.4vol%」となっています(「vol%」はアルコール濃度の単位)。
この中で消毒効果があるのは、濃度が80%前後の消毒用エタノールであり、濃度が100%近い無水エタノールには消毒効果がほとんどありません。エタノールが消毒効果を発揮するためには20%程度の水が必要です。
そして、この消毒用エタノールの中に手指消毒に限定した「擦式アルコール手指消毒剤」(製品により名称は異なります)というものがあります。手指の荒れを防止するために保湿剤が添加されており、感染リスクを高める手荒れを予防します。質問者様は、これをお使いください。
なお、アルコール類には「メチルアルコール」と呼ばれる「メタノール」があります。これは劇薬指定されており、引火性や人体に対する毒性も強く、消毒には不向きなものです。とくに、「無水エタノール」と間違いやすいのでご注意ください。
Q8 「擦式アルコール手指消毒剤」を使えば、流水と石鹸を用いた衛生的手洗いはしなくていいですか?
A8 「擦式アルコール手指消毒剤」は、手指が明らかに汚れているとき以外は、流水と石鹸による手洗いの代用ができるというのが通説になっています。そもそも擦式アルコール手指消毒剤は衛生的手洗いの一方法です。「簡便」、「手指の菌数(初発菌数)を確実に減少させる」、「シンクのないところでも使用可能」などの利点があります。
Q9 「無水エタノール」なら入手できるのですが、消毒に使うことはできませんか?
A9 精製水が入手できるなら、無水エタノール4に対して精製水1の割合で希釈してください。消毒用エタノールとして使用できます。なお、このような作業に当たっては、火気に注意のうえ、薬剤自体を汚染させないように清潔な環境下で行ってください。
当時から現在に至るまで、電解酸性水の評価は議論の別れるところですが、対象物に付着している血液や組織片などの生体由来のタンパク質に接触することによる殺菌力の失活(劣化)についは異論が無いようです。
最近、電解水自体を容器に充填した製品が発売されるようになりましたが、これは弱酸性化が可能となったことで、ある程度の安定性が確保できたためと考えられますしかし、次亜塩素酸ナトリウムと比較すると塩素濃度が低いことからタンパク質による失活のしやすさは解消されていません。このため、事前の洗浄(一時洗浄)を十分に行ったうえで、多めの電解水を掛け流すように使用するなど、電解水の特性を踏まえた効果的な使用を要します。
導入にあたっては,製品それぞれに特性もあることから、新型コロナウイルスに対する有効性などを当該メーカーに確認してください。
Q11 次亜塩素酸ナトリウムの入手が困難ですが、その代わりに「キッチンハイター」などの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品は使えますか?
A11 印象体専用除菌剤など歯科領域で多用される塩素系薬剤は1,000ppm程度の濃度で使用する場合が多く、新型コロナウイルスに対しては約500ppmで有効です。お尋ねの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品の塩素濃度は約60,000ppmであり、適切に希釈すれば代用は可能です。
ただし、ある大学の研究者は、9個の家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品を各ドラッグストア等の店頭で買い集めて、それぞれの塩素濃度を測定しています。この結果、7個については55,000ppm程度の濃度が維持されていましたが、1個は9,500ppm、他の1個は7,500ppm濃度であり、前者は直射日光が当たる状況、後者は薬局の店頭で長期間売られていたものとのことです。また、これらの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品には「製造年月日」「濃度」「使用期限」の記載もないことが指摘されています。
このように、極端に劣化した製品の混入や要件の未記載などを踏まえると、消毒薬として使用するには信頼性が低いと言わざるを得ません。あくまでも、緊急措置としての位置づけでご使用ください。
Q12 作業用模型からの新型コロナウイルス感染症の感染リスクはあるのでしょうか?
A12 4月末に、わが国の歯科領域における感染症対策のオーソリティとして長年ご活躍の先生からメールをいただきました。この趣旨は、「唾液中の新型コロナウイルス量は鼻のウイルス量とほぼ同等の1.2×108コピー/mlと報告されており、米国FDAは唾液からのウイルス検査を承認した。また、CDCの緊急ガイドラインでは、空気感染の可能性が否定できないとのこと。」さらに、英国歯科医師会情報として「職業感染トップテン(968職種中)に歯科医療従事者5種が入っており、1位が歯科衛生士、2位が歯科医師、3位が獣医師アシスタントおよび動物検査技師、4位が歯科技工士、5位が歯科助手、6位が補綴専門医、以下麻酔看護師と続くとのこと」です。
いずれも海外の情報ですが、技工指示書等で適切な感染対策の実施が確認できない印象体または作業用模型には、感染リスクがあるものとする扱いが必要です。
Q13 「印象体」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
A13 基本的に、微生物汚染は発生元で速やかに処理することが汚染の拡大を最小限に留めるために効果的であり、口腔内から採得した印象体についても同様です。印象体に対する感染予防としては、塩素系薬剤の消毒効果を減弱させる血液や組織片などのタンパク質を除去した後に「印象体専用除菌剤への浸漬」または「塩素系溶液による石膏の練和」よる処理が効果的です。新型コロナウイルスは、唾液からも鼻と変わらないウイルス量が検出されることが判っていますので、印象採得から模型作製までの過程で、誰がどのように行うかを取り決めないとこれに関わる歯科診療・技工域全体が汚染される可能性があります。
Q14 「作業用模型」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
A14 石膏模型は、多孔質の素材であるうえ、熱にも弱いことから消毒は困難です。このため、前段階での印象体のステップでの消毒が望ましいものですが、消毒が確認できないものについては、塩素系除菌剤への浸漬または消毒用アルコールの散布によりすみやかに処理を行う必要があります。
Q15 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その1)。
A15 感染症対策の基本は、作業の節目毎の流水と石鹸による「衛生的手洗い」の励行です。手洗いの後は、ペーパータオルを用いて水分を拭き取ってください。
なお、1回の手拭きで2枚以上のペーパータオルを使う人を見受けますが、1枚のペーパータオルで両手を拭くことができます。あらかた手指の水分を拭き取った後もペーパータオルには濡れていない部分が残っています。ペーパータオルを丸めながら、手指に部分的に残った水分を擦るように拭き取ります。1枚のペーパータオルなら0.5円程度の経費であり、また使用後のペーパータオルが丸まっていることも相まってゴミの量も少なくなります。
Q16 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その2)。
A16 サージカルマスクは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が収束したとしても、アイプロテクタなどとともに今後の歯科技工作業に不可欠な個人防護具(PPE)です。
なお、マスクは、自分の口や鼻への手指の接触防止という役割を果たしており、技工作業中には極力マスクの着脱をしないことを心がけてください。
Q17 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その3)。
A17 技工机上や技工作業域での飲食は慎むべきです。ペットボトル飲料であっても冷蔵庫など所定の場所に保管し、衛生的手洗いの後、スタッフ共用のテーブル(立位式、キャビネット天板上などでも可)上などで飲用してください。
なお、医科界の医療従事者は、自らの作業域での飲食は絶対に行わず、彼らは、この行為に違和感を持つとのことです。
Q18 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その4)。
A18 指輪と時計は、始業時の石鹸による手洗い時に外してください。指輪1個が手指全体の付着細菌数を10倍増やすという報告があります。つまり、指輪とその直下に汚れが集中し、全体の細菌数値を押し上げるためです。
Q19 歯科技工士は、新型コロナウイルス感染症の第2、第3波への備えをどうすれば良いのでしょう?
A19 日本歯科技工士会では、平成14年から各都道府県で実施している「感染症予防歯科技工士講習会」や各地方組織が主催する生涯研修等の一環として感染症に対する啓発活動を展開するなど一定の備えは行ってきました。
しかし、このたびの新型コロナウイルス感染症のパンデミックは想定外であり、また、これに匹敵する「結核」、血液由来の「B型肝炎」や「C型肝炎」など、以前から業務環境に存在した脅威に対する備えも万全であったとは言えません。
私たちは、これを真摯に反省し、新型コロナウイルス感染症の拡大が小康状態にある現時点で、感染症対策全般についての基礎知識とその対応についての研鑽を深めることが急務であると認識すべきです。
また、歯科界では、歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士の3職種が、歯科医療という狭い領域での業務に携わっています。これは、ある意味での「3密の関係」に他ならず、この対策についての今後の3職種の連携は必須です。これを歯科界が一丸となる機会と前向きに捕えて、医療人としての緊張感を持って、この難局の先にある明るい将来を目指して邁進しましょう。
Q20 今後、新型コロナウイルス感染症を始めとする抜本的な感染症対策はどのようなものでしょう?
A20 まずは、歯科技工作業の現状を踏まえた実用的な感染症対策の推進です。感染症対策は、機器や薬剤等のハードの整備より、見識・意識・手法といったソフトの構築が重要です。今の私たちには、歯科医療従事者として、歯科界とその患者さんを守ろうとする意識形成が求められています。
また、現在の歯科界は情報処理技術を活用した「Digital Dentistry」への技術革新の過渡期にあります。新型コロナ感染症ウイルスや各種血中ウイルスなど、唾液や血液を介して伝播する交差感染(各医療従事者と患者の間の相互感染)のリスクを排除するには、院内・院外ラボとも、診療域での光学印象データによるWeb経由受注の完全導入が有効です。
厚生労働省が示した新型コロナウイルス感染症に対応した「新しい生活様式」と同様に、「感染症に対する歯科技工界の意識改革」と「Digital Dentistryの推進」に基づく「新しい技工様式」を前倒しに推進することで、より安全な歯科技工環境の確立を目指しましょう。
A1 「細菌」は単細胞の微生物であり、細菌にとって適切な環境と栄養源があれば2分裂の繰り返しにより増殖します。期限切れのコンビニおにぎりを放置していると、一晩で数千億から1兆個になることもあり、これを食べると食中毒を起こします。このように病気を起こす細菌もいますが、腸内細菌などのように人の体に役に立つ細菌もいます。
一方、「ウイルス」は、外殻と遺伝子(DNAまたはRNA)だけの微粒子です。細菌のような自己再生能力を持たず、宿主(しゅくしゅ/寄生する相手)の生きた細胞の中でしか増殖できません。宿主の細胞内で増殖した仲間は新たな細胞への侵入を繰り返し、病原性を発揮していきます。なお、ウイルスに抗生薬(抗生物質など)は効きませんので、風邪に対する抗生剤の投与は意味がないばかりか、耐性菌を作ってしまいます。
Q2 「滅菌」と「消毒」の違いを教えてください。
A2 「滅菌」とは、対象物に付着している微生物を100万分の1の確率で死滅させ、無菌状態にすることをいいます。ただし、適切に滅菌された対象物であったとしても滅菌という操作を終えた直後から汚染は始まります。
一方、「消毒」とは、病原性が発揮できなくなるまで病原微生物の数や菌力を低下させることをいいます。細菌やウイルスなどの病原微生物は、ある程度の個数と条件が揃わなければ病原性を発揮することができません。臨床の現場には、「クリティカル器具」といわれる滅菌が必要な再使用器具はありますが、歯科技工領域の感染症対策は「消毒」が現実的です。
Q3 「殺菌」「除菌」「抗菌」という用語がよくわかりません。
A3 「殺菌」とは、微生物を殺す行為をいいます。ただし、「殺菌」という用語は、薬機法(旧「薬事法」)上の「医薬品」や「医薬部外品」以外には使うことができません。これはQ2の「滅菌」や「消毒」という用語も同じであり、医薬品や医薬部外品以外の「雑品」扱いの製品には「微生物を取り除く行為」として便宜的に「除菌」という用語が使われています。
「抗菌」とは、対象物に「微生物の増殖を抑制する環境を作る」ことをいいますが、すべての微生物を対象としておらず、その結果を保証しているわけでもありません。
Q4 「新型コロナウイルス」に対して、なぜ「消毒用アルコールや低濃度の塩素系消毒剤が有効」なのですか?
A4 ウイルスは、「エンベロープ(envelope)」という脂質の膜に包まれた「エンベロープウイルス」と、「エンベロープ」を持たない「ノンエンベロープウイルス」に大別されます。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は「エンベロープ」を持っていることから「エンベロープウイルス」に分類されます。
「エンベロープウイルス」は、比較的、ひ弱なウイルスであり、そのためにエンベロープという膜でできた鎧(よろい)をまとって身を守っています。しかし、その鎧自体も、あまり強固なものではありません。一方、「ノンエンベロープウイルス」は、マッチョなウイルスであり、鎧など着てなくても消毒薬に対しては一定の抵抗性を示します。
このような構造上の違いから、「エンベロープウイルス」である新型コロナウイルスに対しては、この鎧を破壊できる「消毒用アルコール」や「低濃度(500ppm程度)の次亜塩素酸ナトリウム」が有効です。
Q5 レスピレーターマスクとサージカルマスクとの違いを教えてください。
A5 「レスピレーターマスク」は、「咳やくしゃみなどによる飛沫の飛散防止」と「他人の飛沫からの予防」という2つの機能を持ちます。
一方、「サージカルマスク」は、「咳やくしゃみなどによる飛沫の飛散防止」を主な機能としていますが、他人の飛沫に対しても一定の効果が期待できます。咳やくしゃみなどにより放出された飛沫には、ある程度の大きさがあり、この中に複数のウイルスが含まれている可能性があります。比較的、繊維が粗いサージカルマスクの繊維であっても、比較的大きい飛沫の捕獲は可能と考えられます。
また、マスクには、フィルタとしての機能以外に、自分の手指が口や鼻に触れにくいという利点もあります。
Q6 サージカルマスクが手に入りにくくなっていますが、飛沫感染の予防に布マスクは有効ですか?
A6 サージカルマスクの素材である「不織布」は、熱や圧力を加えて繊維を絡めて作った布であり、製法の自由度により、必要に応じてフィルタ機能や多孔質構造を作ることができます。
ところが、「布」は、縦糸と横糸を編んで作るため、糸と糸の間に空隙が存在します。感染者から放出された飛沫がこの空隙を通り抜ける可能性がありますので、予防効果にはあまり期待でません。布マスクの使用にあたっては、不織布のシートなどを挟み込むことをお勧めします。
Q7 手の消毒に消毒用アルコールを使用していますが、手荒れが気になります。
A7 質問者様の使い方に誤解がありますが、手荒れに敏感な女性ならではの良い問題提起です。
以下にアルコール類について簡単に整理します。なお、一般的にはアルコール類は「メチルアルコール」と呼ばれていますが、国際化学命名法の「エタノール」と呼ぶことにします。
エタノールを大きく分けると「無水エタノール」「エタノール」「消毒用エタノール」となり、それぞれの濃度は、「99.5vol%」「95.1vol%~96.9vol%」「76.9vol%~81.4vol%」となっています(「vol%」はアルコール濃度の単位)。
この中で消毒効果があるのは、濃度が80%前後の消毒用エタノールであり、濃度が100%近い無水エタノールには消毒効果がほとんどありません。エタノールが消毒効果を発揮するためには20%程度の水が必要です。
そして、この消毒用エタノールの中に手指消毒に限定した「擦式アルコール手指消毒剤」(製品により名称は異なります)というものがあります。手指の荒れを防止するために保湿剤が添加されており、感染リスクを高める手荒れを予防します。質問者様は、これをお使いください。
なお、アルコール類には「メチルアルコール」と呼ばれる「メタノール」があります。これは劇薬指定されており、引火性や人体に対する毒性も強く、消毒には不向きなものです。とくに、「無水エタノール」と間違いやすいのでご注意ください。
Q8 「擦式アルコール手指消毒剤」を使えば、流水と石鹸を用いた衛生的手洗いはしなくていいですか?
A8 「擦式アルコール手指消毒剤」は、手指が明らかに汚れているとき以外は、流水と石鹸による手洗いの代用ができるというのが通説になっています。そもそも擦式アルコール手指消毒剤は衛生的手洗いの一方法です。「簡便」、「手指の菌数(初発菌数)を確実に減少させる」、「シンクのないところでも使用可能」などの利点があります。
Q9 「無水エタノール」なら入手できるのですが、消毒に使うことはできませんか?
A9 精製水が入手できるなら、無水エタノール4に対して精製水1の割合で希釈してください。消毒用エタノールとして使用できます。なお、このような作業に当たっては、火気に注意のうえ、薬剤自体を汚染させないように清潔な環境下で行ってください。
Q10 次亜塩素酸ナトリウムの入手が困難ですが、電解酸性水の評価はどうでしょうか?
A10 電解酸性水とは,食塩を添加した水を電気分解することで陽極側に生成される殺菌効果を持つ水溶液の総称です。歯科領域に電解水が導入された当時は、臨床現場に設置した電解水の生成器により必要量を生成し、即時使用するという方式であり、強い酸性を示すことから強酸性水と呼ばれていました。当時から現在に至るまで、電解酸性水の評価は議論の別れるところですが、対象物に付着している血液や組織片などの生体由来のタンパク質に接触することによる殺菌力の失活(劣化)についは異論が無いようです。
最近、電解水自体を容器に充填した製品が発売されるようになりましたが、これは弱酸性化が可能となったことで、ある程度の安定性が確保できたためと考えられますしかし、次亜塩素酸ナトリウムと比較すると塩素濃度が低いことからタンパク質による失活のしやすさは解消されていません。このため、事前の洗浄(一時洗浄)を十分に行ったうえで、多めの電解水を掛け流すように使用するなど、電解水の特性を踏まえた効果的な使用を要します。
導入にあたっては,製品それぞれに特性もあることから、新型コロナウイルスに対する有効性などを当該メーカーに確認してください。
Q11 次亜塩素酸ナトリウムの入手が困難ですが、その代わりに「キッチンハイター」などの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品は使えますか?
A11 印象体専用除菌剤など歯科領域で多用される塩素系薬剤は1,000ppm程度の濃度で使用する場合が多く、新型コロナウイルスに対しては約500ppmで有効です。お尋ねの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品の塩素濃度は約60,000ppmであり、適切に希釈すれば代用は可能です。
ただし、ある大学の研究者は、9個の家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品を各ドラッグストア等の店頭で買い集めて、それぞれの塩素濃度を測定しています。この結果、7個については55,000ppm程度の濃度が維持されていましたが、1個は9,500ppm、他の1個は7,500ppm濃度であり、前者は直射日光が当たる状況、後者は薬局の店頭で長期間売られていたものとのことです。また、これらの家庭用次亜塩素酸ナトリウム製品には「製造年月日」「濃度」「使用期限」の記載もないことが指摘されています。
このように、極端に劣化した製品の混入や要件の未記載などを踏まえると、消毒薬として使用するには信頼性が低いと言わざるを得ません。あくまでも、緊急措置としての位置づけでご使用ください。
Q12 作業用模型からの新型コロナウイルス感染症の感染リスクはあるのでしょうか?
A12 4月末に、わが国の歯科領域における感染症対策のオーソリティとして長年ご活躍の先生からメールをいただきました。この趣旨は、「唾液中の新型コロナウイルス量は鼻のウイルス量とほぼ同等の1.2×108コピー/mlと報告されており、米国FDAは唾液からのウイルス検査を承認した。また、CDCの緊急ガイドラインでは、空気感染の可能性が否定できないとのこと。」さらに、英国歯科医師会情報として「職業感染トップテン(968職種中)に歯科医療従事者5種が入っており、1位が歯科衛生士、2位が歯科医師、3位が獣医師アシスタントおよび動物検査技師、4位が歯科技工士、5位が歯科助手、6位が補綴専門医、以下麻酔看護師と続くとのこと」です。
いずれも海外の情報ですが、技工指示書等で適切な感染対策の実施が確認できない印象体または作業用模型には、感染リスクがあるものとする扱いが必要です。
Q13 「印象体」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
A13 基本的に、微生物汚染は発生元で速やかに処理することが汚染の拡大を最小限に留めるために効果的であり、口腔内から採得した印象体についても同様です。印象体に対する感染予防としては、塩素系薬剤の消毒効果を減弱させる血液や組織片などのタンパク質を除去した後に「印象体専用除菌剤への浸漬」または「塩素系溶液による石膏の練和」よる処理が効果的です。新型コロナウイルスは、唾液からも鼻と変わらないウイルス量が検出されることが判っていますので、印象採得から模型作製までの過程で、誰がどのように行うかを取り決めないとこれに関わる歯科診療・技工域全体が汚染される可能性があります。
Q14 「作業用模型」に対する感染症対策はどのようにすればいいのでしょう?
A14 石膏模型は、多孔質の素材であるうえ、熱にも弱いことから消毒は困難です。このため、前段階での印象体のステップでの消毒が望ましいものですが、消毒が確認できないものについては、塩素系除菌剤への浸漬または消毒用アルコールの散布によりすみやかに処理を行う必要があります。
Q15 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その1)。
A15 感染症対策の基本は、作業の節目毎の流水と石鹸による「衛生的手洗い」の励行です。手洗いの後は、ペーパータオルを用いて水分を拭き取ってください。
なお、1回の手拭きで2枚以上のペーパータオルを使う人を見受けますが、1枚のペーパータオルで両手を拭くことができます。あらかた手指の水分を拭き取った後もペーパータオルには濡れていない部分が残っています。ペーパータオルを丸めながら、手指に部分的に残った水分を擦るように拭き取ります。1枚のペーパータオルなら0.5円程度の経費であり、また使用後のペーパータオルが丸まっていることも相まってゴミの量も少なくなります。
Q16 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その2)。
A16 サージカルマスクは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が収束したとしても、アイプロテクタなどとともに今後の歯科技工作業に不可欠な個人防護具(PPE)です。
なお、マスクは、自分の口や鼻への手指の接触防止という役割を果たしており、技工作業中には極力マスクの着脱をしないことを心がけてください。
Q17 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その3)。
A17 技工机上や技工作業域での飲食は慎むべきです。ペットボトル飲料であっても冷蔵庫など所定の場所に保管し、衛生的手洗いの後、スタッフ共用のテーブル(立位式、キャビネット天板上などでも可)上などで飲用してください。
なお、医科界の医療従事者は、自らの作業域での飲食は絶対に行わず、彼らは、この行為に違和感を持つとのことです。
Q18 日頃の歯科技工作業で、明日からでも実施できる対策を教えてください(その4)。
A18 指輪と時計は、始業時の石鹸による手洗い時に外してください。指輪1個が手指全体の付着細菌数を10倍増やすという報告があります。つまり、指輪とその直下に汚れが集中し、全体の細菌数値を押し上げるためです。
Q19 歯科技工士は、新型コロナウイルス感染症の第2、第3波への備えをどうすれば良いのでしょう?
A19 日本歯科技工士会では、平成14年から各都道府県で実施している「感染症予防歯科技工士講習会」や各地方組織が主催する生涯研修等の一環として感染症に対する啓発活動を展開するなど一定の備えは行ってきました。
しかし、このたびの新型コロナウイルス感染症のパンデミックは想定外であり、また、これに匹敵する「結核」、血液由来の「B型肝炎」や「C型肝炎」など、以前から業務環境に存在した脅威に対する備えも万全であったとは言えません。
私たちは、これを真摯に反省し、新型コロナウイルス感染症の拡大が小康状態にある現時点で、感染症対策全般についての基礎知識とその対応についての研鑽を深めることが急務であると認識すべきです。
また、歯科界では、歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士の3職種が、歯科医療という狭い領域での業務に携わっています。これは、ある意味での「3密の関係」に他ならず、この対策についての今後の3職種の連携は必須です。これを歯科界が一丸となる機会と前向きに捕えて、医療人としての緊張感を持って、この難局の先にある明るい将来を目指して邁進しましょう。
Q20 今後、新型コロナウイルス感染症を始めとする抜本的な感染症対策はどのようなものでしょう?
A20 まずは、歯科技工作業の現状を踏まえた実用的な感染症対策の推進です。感染症対策は、機器や薬剤等のハードの整備より、見識・意識・手法といったソフトの構築が重要です。今の私たちには、歯科医療従事者として、歯科界とその患者さんを守ろうとする意識形成が求められています。
また、現在の歯科界は情報処理技術を活用した「Digital Dentistry」への技術革新の過渡期にあります。新型コロナ感染症ウイルスや各種血中ウイルスなど、唾液や血液を介して伝播する交差感染(各医療従事者と患者の間の相互感染)のリスクを排除するには、院内・院外ラボとも、診療域での光学印象データによるWeb経由受注の完全導入が有効です。
厚生労働省が示した新型コロナウイルス感染症に対応した「新しい生活様式」と同様に、「感染症に対する歯科技工界の意識改革」と「Digital Dentistryの推進」に基づく「新しい技工様式」を前倒しに推進することで、より安全な歯科技工環境の確立を目指しましょう。